慶熙宮
경희궁 / キョンヒグン
| Address : |
| ソウル市 鍾路区 新門路2街 1-126 |
| 서울시 종로구 신문로2가 1-126 |
| ソウルシ チョンノグ シンムンノイーガ |
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| Telephone : |
| 02-731-0808(管理事務所) |
| 02-724-0274〜6 |
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| Contact : |
| HomePage : 慶熙宮 |
| Contact : **** |
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| Open Hour : |
夏期(3月〜10月):9:00〜18:00
冬期(11月〜2月):9:00〜17:00 |
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| 休日 : |
| 毎週月曜日、1月1日 |
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| 入館料 : |
| 無料 |
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| Information : |
| 日本語案内 : 一部あり |
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* 上記内容は予告なく変更される場合があります、あらかじめご了承くださいませ。
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慶熙宮
경희궁 / キョンヒグン
5大古宮の中で、最も西側に位置する離宮
今回ATSPcom.jpがご紹介するのは
、ソウル市内にある5大古宮の中で、最も西側に位置する慶熙宮(경희궁/キョンヒグン)です。
朝鮮第15代王、光海君8年(1616)に、第16代王、仁祖の父親、元宗(원종/ウォンジョン)が住んでいた塞門洞の家の敷地に建てられた宮殿の跡です。朝鮮時代後期、「東殿」と呼ばれた昌徳宮(チャンドックン)、昌慶宮(チャンギョングン)に対し「西殿」と呼ばれ、王室の離宮(有事の際に王が避難したところ)として使用されていました。
また、当初は「慶徳宮(경덕궁/キョンドックン)」と呼ばれていましたが、定遠君(정원군/チョンウォングン)のおくり名「敬徳(경덕/キョンドッ)」と発音が同じという理由で、第21代王、英祖(영조/ヨンジョ)36年(1760)に「慶熙宮」へと改称されました。
この宮殿は、西闕(서궐/ソグォル)と呼ばれ、セヌナン(新門内)宮殿、またはヤジュゲ(夜珠峴)宮殿とも呼ばれました。当時は徳寿宮とつながる歩道橋があり、政殿である崇政殿をはじめ資政殿、寝殿である隆福殿、会祥殿など約100棟に及ぶ大小の建物がありましたが、1908年日本が韓国を侵略し、日本人学校である京城中学校が建てられたため、ほとんどの宮廷が壊され移転したという経緯があります。
ですが、ソウル市の推進する慶熙宮復元事業により、崇政殿・資政殿・泰寧殿などが復元され、2002年から一般公開しています。
さてさて、ここで、史跡第271号である「慶熙宮」が復元されるまでのマメ知識!1623年に完成した慶熙宮。当時、一帯に王気(王が生まれる兆し)」が漂うとの噂が流れ、当時の王・光海君(クァンへグン)はその土地を奪い、これをなくすために別宮を建て慶徳宮(キョンドックン)としたそうです。
大都会ソウルを象徴する高層ビル群に抱かれた慶熙宮は、韓国の今と昔が混在する市民の憩いの場として親しまれています。 敷地内にはソウル歴史博物館があり、周辺には貞洞の通りや繁華街である鍾路も近いので、観光にも大変便利ですョ。
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