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更新 2009/10/19 SEOUL(ソウル) ガイドSightseeing&Travelソウル五大古宮を訪ねる > 慶熙宮 (キョンヒグン)

慶熙宮
경희궁 / キョンヒグン


Address :
ソウル市 鍾路区 新門路2街 1-126
서울시 종로구 신문로2가 1-126
ソウルシ チョンノグ シンムンノイーガ

Telephone :
02-731-0808(管理事務所)
02-724-0274〜6

Contact :
HomePage : 慶熙宮
Contact : ****

Open Hour :
夏期(3月〜10月):9:00〜18:00
冬期(11月〜2月):9:00〜17:00

休日 :
毎週月曜日、1月1日

入館料 :
無料

Information :
日本語案内 : 一部あり


* 上記内容は予告なく変更される場合があります、あらかじめご了承くださいませ。


ソウル私立美術館
慶熙宮

慶熙宮
경희궁 / キョンヒグン


5大古宮の中で、最も西側に位置する離宮

今回ATSPcom.jpがご紹介するのは 、ソウル市内にある5大古宮の中で、最も西側に位置する
慶熙宮(경희궁/キョンヒグン)です。 朝鮮第15代王、光海君8年(1616)に、第16代王、仁祖の父親、元宗(원종/ウォンジョン)が住んでいた塞門洞の家の敷地に建てられた宮殿の跡です。朝鮮時代後期、「東殿」と呼ばれた昌徳宮(チャンドックン)昌慶宮(チャンギョングン)に対し「西殿」と呼ばれ、王室の離宮(有事の際に王が避難したところ)として使用されていました。 また、当初は「慶徳宮(경덕궁/キョンドックン)」と呼ばれていましたが、定遠君(정원군/チョンウォングン)のおくり名「敬徳(경덕/キョンドッ)」と発音が同じという理由で、第21代王、英祖(영조/ヨンジョ)36年(1760)に「慶熙宮」へと改称されました。 この宮殿は、西闕(서궐/ソグォル)と呼ばれ、セヌナン(新門内)宮殿、またはヤジュゲ(夜珠峴)宮殿とも呼ばれました。当時は徳寿宮とつながる歩道橋があり、政殿である崇政殿をはじめ資政殿、寝殿である隆福殿、会祥殿など約100棟に及ぶ大小の建物がありましたが、1908年日本が韓国を侵略し、日本人学校である京城中学校が建てられたため、ほとんどの宮廷が壊され移転したという経緯があります。
ですが、ソウル市の推進する慶熙宮復元事業により、崇政殿・資政殿・泰寧殿などが復元され、2002年から一般公開しています。
さてさて、ここで、史跡第271号である「慶熙宮」が復元されるまでのマメ知識!1623年に完成した慶熙宮。当時、一帯に王気(王が生まれる兆し)」が漂うとの噂が流れ、当時の王・光海君(クァンへグン)はその土地を奪い、これをなくすために別宮を建て慶徳宮(キョンドックン)としたそうです。
大都会ソウルを象徴する高層ビル群に抱かれた慶熙宮は、韓国の今と昔が混在する市民の憩いの場として親しまれています。 敷地内には
ソウル歴史博物館があり、周辺には貞洞の通りや繁華街である鍾路も近いので、観光にも大変便利ですョ。


INFORMATION
ドラマ「宮」のロケ地・慶煕宮

慶煕宮で、主人公カップル☆チェギョン(ユン・ウネ)が、シン(チュ・ジフン)からゴルフに似たスポーツをお妃教育の一環として習うことになるシーンが撮影された場所です♪
逆転するシーンが面白かったですね。 このスポーツ、西洋のゴルフよりも早くされていたそうで、ゴルフの基になっていると言われています。イギリスのクリケットにも似ていますよね〜?!

ドラマ「宮」


興化門

興化門 (흥화문)
フンファムン

慶煕宮の正門。1932年に現在の「救世軍会館」のある場所から移築され、日本統治時代に伊藤博文を祀った博文寺(박문사/パンムンサ)<現在のホテル新羅の位置>の正門として使われていました。1988年から始まった慶煕宮復元事業により現在の場所に移築・復元されました。宮廷の正門は2階建てが多いが、離宮という性格上、1階建ての造りになっています。また、礎石や柔らかい軒の曲線は、韓国木造建築の伝統をよく表現している。
ソウル特別市有形文化財第19号


興化門をくぐるり、木陰のベンチや草場でのんびりとくつろぐ人々を見ながらさらに進むと、慶煕宮の正殿である崇政殿があります。
慶煕宮 慶煕宮 慶煕宮



崇政門(숭정문) / 崇政殿(숭정전)
スンジョンムン / スンジョンジョン
慶煕宮の正殿。李氏朝鮮第15代、光海君(クァンヘグン/1618年)の頃に創建され、王の即位式や国王と臣下の朝会(すべての官僚が正殿に集まり、国王に向けて安否を伺う挨拶の儀式)、宮中での宴会、使臣の接待など国家的な公式行事が行われた場所。 歴代王の中3人の王の即位式もここで行われたそうです。
しかし、建物は日本統治時代の1926年に曹洞宗の総本山・曹渓寺(조계사/チョゲサ)に売却され法堂に改造したりしましたが、1985年から行われた発掘調査をもとに、約6年の月日をかけて現在の姿に復元されました。 特に、崇政殿に上がる階段に彫られた鳳凰や階段の横に彫られた雲柄は、優れた芸術であると言われています。
崇政殿

崇政門
崇政殿 崇政殿



資政殿 (자정전)
チャジョンジョン
慶熙宮の便殿(변전/ピョンジョン、通常王が滞在していた場所)。 李氏朝鮮第15代王、光海君(광해군/クァンヘグン) 1617〜1620年の間に建てられ、国王が臣下との会議や経筵(경연/キョンヨン、王に儒教の歴史と経書を講義すること)など、講義を聞くなど日常的な業務が行われた殿。

1908年、日本統治時代に取り壊されましたが、その後ソウル市の慶煕宮復元事業により再建されました。 資政殿が正殿である崇政殿よりも高い所にあるのは、傾斜が多い地形によるものだそうです。
資政殿



泰寧殿 (태녕전)
テニョンジョン
泰寧殿

李氏朝鮮第21代王、英祖(영조/ヨンジョ) の肖像画を安置した場所。 もともと特別に用途が決まっていない建物でしたが、1744年(英祖20年)、英祖が自らの肖像画2つを安置する目的で使いはじめ、宮殿として使用されるようになったそうです。

こちらも日本統治時代に取り壊されてしまいましたが、ソウル市の復元事業により正面5間、側面2間という現在の姿に復元されました。


瑞巖 (서암)
ソアム
泰寧殿の裏に回るとある、てっぺん辺りにぽかりと穴の開いた部分がある不思議な形をした岩。 「岩の泉」という意味の「巌泉(엄천/オムチョン)」が内部にあるといわれ、昔から慶熙宮の名物として知られています。 また当時、光海君がここに慶煕宮を建てたのも「王巌(왕엄/ワンオム、王の岩という意味)」と呼ばれ神聖視されていた、この泉のためだと言われています。

王巌は、李氏朝鮮代19代王、粛宗34年(1708年)に名称を瑞巌に変更したそうです。
瑞巖


INFORMATION
外国人対象テコンドー体験プログラム『Yap! Taekwon!!』

期間 : 2009年3月21日 〜 12月5日
月曜日を除く毎日3回 (10:30〜12:00、13:00〜14:30、15:30〜17:00)
場所 : 慶熙宮内崇政殿前広場
内容 : 基本動作、護身術など
参加申し込み : http://www.kukkiwon.or.kr/english/index.jsp (韓国語・英語)
参加費:W15,000

問合せ:+82−2−567−4988 (英語)


外国人対象テコンドー体験プログラム


 ■ 行き方  (How To Go)
@ 地下鉄5号線 西大門(ソデムン / 서대문 / 532 / Seodaemun) 駅下車、4番出口出口を出てまっすぐ、ゆるい登り道を上がり“江北三星病院(강북삼성병원)”を過ぎ、再び下り坂をしばらくいくと左手に門が見えてきます。徒歩約10分。

A 地下鉄5号線 光化門(クァンファムン / 광화문 / 533 / Gwanghwamun) 駅下車、7番出口を出て大きな交差点をへ、ゆるやかな坂を上ると右手に見える。徒歩約10分。


慶熙宮への地図

クリックすると地図が見れます。 もっと詳しく調べたい方はYahoo! KOREAへ。


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